終わりを設けないということ


手持ち無沙汰でやや苦労した年末年始。親戚巡りでの挨拶回りや初詣に年賀状送付など、ひとしきりすべきことは完了したが、いかんせんこれだけの休みをもらえたことは社会人になってからはなかったので、不思議な感覚があった。これからすぐに日常に戻るわけだが。

思わず昨年の同時期に思いを馳せる。1年はあっという間に過ぎていくように感じるが、その中身は非常に濃密で、思えば昨年よりもだいぶパワーアップできていたことに驚く。身につけた知識や技術、そして新たに取引を結んだ顧客の数など。そのまま順調に全てが進むことはないけれど、昨年と同様に自主的な思考や決断、行動に勇気をもって取り組めば、多少の失敗はあったとしても、それなりの見返りや結果が返ってくる気がしている。

年明けしてすぐに放送された「めちゃイケ」SPを親戚宅で見た。ナイナイが中居正広の要望を叶えながら3人で日本一周を楽しむ名物企画。くっきりと綺麗に空に浮かぶスーパームーンを堪能しながら、10代の時に欠かさず見ていた番組を楽しんだ。

放送時間が終盤にさしかかったとき、中居がメンバー全員にバラエティ番組の宿命に触れたメッセージを送ったシーンが印象的だった。

コンサートや映画・ドラマは終わりがあらかじめ設けられている。スタートから最終公演、あるいはクランクアップ、オールアップに向けて歌手や演者は突き進んでいく。でもバラエティ番組には終わりが設けられていない。むしろ終わりを迎えないように努力し突き進んでいく、と。

バラエティの終わりは残酷で寂しいもの。そんな悲しい結末に向かいながら、寂しい様子を見せずに自らのスタイルを貫き通すこの番組が不思議を通り越して素敵だ、と賛辞を贈った。腕利きの司会者らしい引きつけるような名台詞だった。

バラエティ番組のような終わりが設けられていない仕事が世の中にどれほどあるのか、を考えてみた。通常、仕事にはプロジェクトや案件といったものを作り、それらは仕事という大枠の中から細分化させて単位を作ったものなので、上述で例えるならコンサートやお芝居に該当する。それが終わったとしてもまた新たな企画が生まれ、仕事そのものは続いていく。

そう考えると退職に該当するのかな、という結論に至る。60歳定年という規則があるものの、基本的には稼げなくなったら倒産や解雇が待ち受けており、それらを迎えないように突き進んでいく、という部分に合致する要素がある。その前提だと確かにバラエティ番組の終焉は残酷で寂しいものかもしれない。

結果が出せず、必要とされなくなる経験はなかなかに苦いし、胸が張り裂けそうになる。それでもいつか必ず通る道。その覚悟は常に持っておかないといけない。おそらく生きている間はずっと。

よく、周りの人に「今が大事なときだから頑張れ」という声をかけてもらうのだが、とんでもない。若いとかベテランだとか関係なく、お金を稼ぐ間はずっと大事なときですよ。過去の思い出は評価の対象外。大切なのはいつだって今と未来。

#雑感

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